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本日の日記 崇拝編

本日の日記面識編(http://unaccompaniedrequiem.cocolog-nifty.com/blog/)別館です。勢いで作成してしまったので方向性は未定です

ネチケットはアフィリエイトに敗北したのか

※書いているうちにリンク先の話と内容がズレてきています。

自分は観客だと思っている人たち - まつたけのブログ

ネット上で発言するということは、その時点でプレイヤーとしてエントリしたということだと思います

野次や文句はブロガーにとってご褒美 - Hagex-day info

 

こんにちは。加藤国春です。

「ネットで攻撃的な言動をする人たち」について色々と記事を読んでいました。

自分も人のことは言えませんが、たしかにひどいコメントやレスをほうぼうで見かけます。

それもどうもあまり理論的な根拠を感じないような罵倒です。

 

「対立煽り」という概念があります。

いや、ありますってほどはっきりないんですが、あるってことでお願いします。

「男と女」「地域」「ゲハ論争」「専業主婦と兼業主婦」「世代」「民族」なんかがそうです。

冒頭のリンク先は「ブログ記事に対するコメント」や「有名人に対する一般人」を想定して書かれているようなのでちょっとズレるとは思いますが、先にオチを言うとテレビと会話する感覚で※書いたらあかんやろ。というものです。

 

対立煽りの場合、この場合は2chのケースで考えますが、基本的に各々の発言力にさほど差はないと思われます。

片方の意見の数が多かったり、たまにうまいこと言う人が現れたりしますが、基本それらの発言者も少数派の発言者も「匿名掲示板の1ユーザー」であるわけです。

この場合、「選手と観客」という例えは成り立ちませんよね。みんなプレイヤーです。観客はROMってる人たちです。

で、リンク先で想定しているであろう、「ブログ主に対する意見」となるとどうでしょうか。

まず反論をブログやサイトで公開した場合。これは間違いなくプレイヤーですよね。ブログの知名度等に差があったとしても、一応同じ高さからの反論です(発言主のファンが大挙して押しかけたり反論者が最初から書き逃げのつもりで捨て垢ブログを作っていたりする可能性はありますので平等とは言いませんが)

さらに、コメント欄やブックマークコメントなどはどうか。

これはブログ主>コメントした人、という差があるように見えなくもない。

ですが確実に相手(ブログ主)に自分(コメントした人)の言った意見が伝わるであろうというところから見て「観客」という立場ではないと思います。客っちゃ客かもしれませんが。

 

では。

記事に対して匿名、あるいは本人に語りかけずコメントする人(増田とか空リプとか)、掲示板などに転載されたものにコメントする人

匿名掲示板に転載されたコメントがブログ(最初のブログ主とは全く無関係)に転載されてそこにコメントする人。

彼らは観客たりうるか、プレイヤーたりうるか?

そして匿名掲示板のコメントを恣意的に「まとめ」て、対立を煽るブロガーはプレイヤーと呼べるか?

 

対立煽りとアフィリエイトブログはもはや無関係ではないことがすでに露呈しています。

悪名高いゲハブログや対外国人への偏狭な差別心を煽るまとめブログにより匿名掲示板は荒らされ、ユーザ達の怒りを買っています。

嫌儲板はもとより、既婚男性板や家庭板、生活板では「転載禁止」の明記が推奨されるスレがある始末です。

 

外国への嫌悪感を煽る記事の多いアフィリエイトブログ、ある夫婦やカップルにおいて「男女どちらかにあきらかに非がある」レスを取り上げがちなまとめブログのコメント欄には、目を覆いたくなるようなひどい差別表現が溢れているのが現状です。

 

人は「安全圏からの他人叩き」「刺激的な話題」「自分が上に立った気分」を、悲しいかな快感だと捉える個体の多い生き物であると思います。

ましてやネットは生身でのやりとりがほぼない空間。

 

自分がネットに初めて触れたのは12年ばかり前になりますが、よく「ネチケット」「ネットマナー」という文字を目にしました。

インターネットは基本的に文字でのみやりとりされるので、誤解を招かないように表記には気をつけること。リアル世界での身分や年齢は関係のないものと扱われるとすること。乱暴な言葉を使うのは荒らし行為であり、コミュニティにとって害悪であること。云々…

煽り合いや罵り合いは、ごく一部の匿名掲示板の中だけの世界である、という認識であったように記憶しています。

 

煽り合いですが、これはいわゆる「マスコミ」―というかテレビですが―も多用する「視聴者稼ぎの方法」だと思うのです。

つまり対立煽りはお金になるアフィリエイトブログはそこを狙う。結果として恣意的に編集された「ネットの意見」を真に受けた層がネットユーザ全体のモラルを下げる。

こう言いたいわけです。

そして彼らは自分が正しいと思い、そして観客のつもりでいる、のだとしたら。

 

無責任な正義感。こんなに厄介なものもないなと言うのは自分の意見ですが、数々の炎上祭りにおいてよく見られるものでもあります。そしてそれらを培う土壌は間違いなくこの日本語ネット圏文化の中に存在する

 

ワイドショーや週刊誌のゴシップ記事を面白がる層と根っこは似たようなものだと思うのです。

ただしネットという媒体において、ゴシップを面白がる意見を発信することは「完全なる観客」では済まされない。

ネットに文字列として発信してしまった以上、それはすなわち全世界に己の意見をさらけ出したのと同類である、からです。