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本日の日記 崇拝編

本日の日記面識編(http://unaccompaniedrequiem.cocolog-nifty.com/blog/)別館です。勢いで作成してしまったので方向性は未定です

つながると疲れます

最近はあまり聞かなくなりましたが、「SNS疲れ」ってありますよね。

自分の投稿への反響が気になって仕方がなかったり、他人の意見に振り回されたり、「つながり」のある人への返信に頭を悩ませたり…。

非常によくわかります。

 

しかしこれ、何も今に始まったことじゃないのは、個人サイト管理人や掲示板、チャット、メーリングリストを管理したことのある方なら覚えのある方もいらっしゃるのではないでしょうか。

これまた思い出話でなんですが、自分は個人サイトで陥ったクチです。

やはり自分の意見や創作物に反応があると最初は嬉しいものです。楽しく交流をはじめて、輪が広がって行ったりすると楽しい。

…楽しいはずなのですが。

 

こういった交流って義務化すると途端に「疲れる」ようになりがちではないかと思います。

閲覧してくださる人が増えると、やはり自分とはちょっと合わないようなタイプの方もいらっしゃったりで。

チャットだったら気がつかない振りをしてみたり、メールくらいならメーリングソフトがブッ壊れた事にしてほっとくという手段もありますが(多用は危険なので切り札にしてとっておく事を推奨します)、掲示板やSNSだとおおっぴらにスルーするのも気が引けてしまうこともあるかと思います。

特にリアル知り合いなどからの反応は無碍にシカトこくわけにもいかず難しいですよね。

 

 自分のように最初から「たまにレス返せません」と予防線を貼ってみたり、リアル知り合いとはネットでつながらないようにしたり、メールアドレスだけ置いておいて交流ツールを置かないようにしたりブログにコメント機能をつけなかったりリアル身内からの連絡はフルシカトしたり(社会人としてかなりよろしくないので真似しないでください)できればさほど疲れないと思いますが、これも性格上難しい方もいらっしゃると思います。

 

約十年前の女性向け二次創作個人サイトの話ですが、cgi掲示板などを設置していると、あからさまな荒らしはともかくわりとガッツリレスしないといけない傾向がありました。

感想は非常にありがたくまた嬉しいんですが、人が増えてきたりするとやはり「ん…この人は…どうレスしようかな…」という事になってしまうと。

 

そんなわけで「掲示板疲れ」っぽいものに一時、なってしまっていました。

その後サイトヒキーになり、たまに匿名掲示板に出入りしたりして数年。

Twitterは「ゆるいつながり」を売りにしているだけあってらくちんですね。無理してリプ返さなくてもいい。色々な使い方をしている方がいるので「あ、こういうのアリなのか」なんて事もよくあります。

 

はてなも基本は意見の交流がわりと盛んなイメージですが、無言ではてブして淡々とスターをつけるような使い方も可能ですし、結局なんで疲れるのかというと、他ユーザのルールや反応に固執してしまうと疲れてしまいがちなのではと思うのです。

 

極端な例えですが、「非公式RT」に憤ったり「複数アカウント」に憤ったり無言はてブに苦言を呈してみたりブログサービスを渡り歩く人を非難したりといった意見の方を見かけたことがあります(※特定の方を想定しているわけではありません)

自分はTwitterメインアカウント「@TosachiS」にはいくつかマイルールを設定しているのですが、同じ事を他人に強要するつもりはありませんし、する権利はないと思っています。

なんといいますか、「他人のことを気にしすぎる」と疲れるんだ、と思うのですよ。

規約違反や迷惑行為や犯罪行為、責任逃れなどのない範囲でなら他人がそのツールをどう運営しようが自分がどう運営しようがほっときゃいいんですね。本当は。

そして他人の感想に振り回される必要もない。

 

リアルで人間関係のある人に「なんでメール返してこないのよ!」だの「LINEのアカウントなんで持ってないの!」だの言う方がいるんですが、とりあえずこれが自分の中で一番疲れるケースです。

他人がネットをどう使おうがまあ知らないし(くれぐれも不法行為は別として)、自分がどう使うかに対して批判はされても、それを実行するかどうかはまた別の話であるわけです。

批判への対応に対して他のユーザが自分をどう判断するかは自己責任ですが、そのへんはネットに限りませんし。

 

コミュニケーション疲れ、サービス精神が強くて真面目な方ほど陥りがちな気がしたのでなんとなく雑感を述べてみました。

「しらんがな」と思ったら無理して応えなくてもいいと思いますよ。

今つながっている人は、つながる前のあなたを見てつながってくれたのでしょうから。