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本日の日記 崇拝編

本日の日記面識編(http://unaccompaniedrequiem.cocolog-nifty.com/blog/)別館です。勢いで作成してしまったので方向性は未定です

経験と流行と相性と判断基準

経験を急がないことがいい時もある - yuki's blog...

 

なるほどなあ、と非常に納得させられましたので便乗して自分語りを。

 

自分はアラサーですが未婚、出産育児の経験もありませんのでこの方とは立場が異なりますが。

 

 

10代って、興味本位でなんでもやりたがる子がいるし、いわゆる「援助交際」をしちゃうような子もいました。

 

ブランド好きなひとが多く、親に買ってもらったり、ママから譲り受けたエルメスのバーキンを通学で持ってくる人もいました。

 メディア戦略という要因もあったでしょうが、こういった「若い女の子の経験」というとなぜだか派手なもの、刺激的なもの、身分不相応なもの…といった文脈で取り上げられがちではなかったでしょうか。

 

「コギャル文化」と呼ばれるものや若年層女性のブランド物所持、はては開放的な性についてなど、一部のメディアが「背伸びしたい女の子の流行」「大人っぽいおしゃれ」などと煽る一方で、また「はしたない」「いまどきのギャル」などといった方面から(いわゆる「オヤジ」層向けに)煽る風潮も存在していたと記憶にあります。

 

難しいのが、若いうちに色んな遊びを我慢してきた欲求が大学生とかになって爆発するパターンがあるので怖いですよね。。人それぞれなのでなんとも言えぬ。

自分はこれによく似た言い回しをたまに他所で見かけます。

「処女の嫁をもらっても、結婚後に遊ぶ奴がいる」

「不満を言う奴はどんなに恵まれた環境でも言う」

この発言に含まれる性的な価値観の是非はともあれ、人には生まれ持った気質や好き嫌いがあるので、いかに周囲の価値観が変動しようともそこを覆すのはなかなか難しいのではないかというのが今現在の結論です。

 

かの快作、川崎ぶら氏と吉田戦車氏の「たのもしい日本語」ではありませんが、心の底から派手で華やかなものが大好きな女の子を「好きな格好をしたいのね」とはあっても逆に心の底から流行りものが苦手で地味な女の子を同じように言う人はあまりいない。

 

そのメリットとデメリットを人に流されず冷静に判断できるように「自分で考える」ことができるといいなと思ったので、そういう教育を子どもにしたいなと思います。

 

 たまに見かける「没個性」「個性的」の議論が自分の中で嘘くさいな、と思うのはこの「自分で考える」事を議論する側があまりにも軽視していることに起因している気がします。

時代の流行に迎合しおうがしまいが、心無い大人たちは好き勝手しか言わないのです。彼らの目的は真面目な若年層嗜好の分析などではなく、ただケチをつけたいだけなのですから。

 

そうなれば、自分の生理に従って道を外さない範囲で歩き続けるのが一番ではないかと思います。

好奇心の強い子供はなんでも経験したがるでしょうし、慎重な子供は着実な経験を好むのではないか。

そのための選択をするのは本人ですが、道を外さないようにするサポートは育てる人の判断が大きく関わってくると思います。

 

派手な経験ばかりが「経験」ではありません。

「流されたほうがいい」のか「かたくなになるほうがいい」のか、己が望む方向に向かうための判断ができればいいのです。

 

取り返しのつかない経験を選ぼうとする子供に対して忠告したり、合うか合わないか見極めた上で思考を促したり。

子供の判断基準を培う第一歩は、育てた人や親の生き様なのかもしれません。

 

※繰り返しますが自分は子育て経験はありません。